大洋のゆくえ

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意識が高い事は悪いことじゃない。

「意識が高い系」という言葉がある。

始めて聞いたのはおよそ半年前か、その時は単純に褒め言葉かと思っていた。

 

それから何回か目にする事が増えて、「意識高い系」って言葉はどちらかと言えば小馬鹿にしたニュアンスを含んだ言葉だという事を知った。そして何となく引っかかっていた。

 

意識高い系とは、意識の高い言動をするが実が伴っていない人の事を言うらしい。

個人的には、社会に出たての一年生とか、まだ何者でもないんだったら意識くらい高くあっても良いんじゃないかと思うけど、どうなんでしょ。もちろん行動が伴っての話だけど。

会社の近くのスタバでも、朝活してる人を見たりするけど、正直立派だなと思う。こんな人達は「意識高い」系になるのだろうか。実が伴っているから良いのか。

そのあたりの判定は、個人的に凄く難しい。

 

自身を振り返ったら、新卒で入社した会社に在籍していた3年間は、意識だけが高かったと思う。会社自体がやりがい搾取のブラック企業然としたところだったのは大きいけど、自己啓発とか大好きだったし、横文字とか大好物だった。日常会話で「コミットメント」とか「アウトプット」とか普通に使っていたし、社長や先輩の様になりたいと思っていた。ちょっと小難しい本を読んだり、夢や目標について話し合ったりすると自分が成長していく気がして嬉しかった。そうする事で自意識だけが肥大化していって、実力の伴わない痛い人になっていった訳ですが、その過程で(いま思えば)面白い変化があった。

 

自分なりに必死で上に進もうともがく、そうしていくと廻りの努力していないように思える人たちの事が非常に下らなく思えてくる。電車でスマホいじってたり、寝てたりする人が可哀想に思えてくる。疲れ切ってよれよれのお父さん達を見ては、目が死んでるなぁとか、あいつらみたいにならないぞ、とか思って見下したりするようになる。友達に対して、もっと頑張れよと言ったりする。

あぁ最低ですね。

 

意識高い系の人に感じるモヤモヤとした印象は、彼らの言動に昔の自分のような嫌な面を垣間みてしまうからだと思う。

意識高い系だった私は、自分と他人を比べて優越感に浸っていた。だけど、本当に意識の高い人は他人では無く、あるべき理想の自分と現状の自分を比べて努力を重ねる。他人と比べないから、人に対して何かと言及したりしない。そして理想に向かって黙って努力するから結果が出る。

 

わたしは過程を飛ばして、結果を求めたから痛々しくなったんだと思う。そして間違った方向に努力していた。書いてて非常に情けないけど、事実だから仕方がない。

今は地道な努力を重ねる様になった。華やかな表舞台も良いけれど、自分には裏方が向いている。意識は高くも無いけど、低くもない。理想に向かって少しづつ前進したいと思っている。意識が低いと言われても、そうですねと答える気がする。逆に「意識高い系(笑)」と馬鹿にしたりもしない。当人はまじめに頑張っているのだろうし、色んな考え方・生き方があって良いと思う様になったからだ。

 

意識が高い事は悪いことじゃない。ただ人に迷惑を掛けてはいけない。

 

今日は「意識高い」をよく見かけたので、それに関して思った事を書きました。

 

(おわり)