大洋のゆくえ

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結婚式とリア充の話

今日、大学の先輩の結婚式二次会に出た。

 

友達が幹事やってる関係で、私まで連絡つなげてくれて誘ってくれた。

声をかけてくれた事は嬉しかったし、会もとても楽しかったです。

 

 

ただね・・・

先輩の二次会なんで周りは皆先輩の訳ですよ。しかも大半面識がない。あっても卒業以来はじめてお会いする方達ばかり。

頼みの綱の友人(同期)も幹事してる訳ですから、頼れない状況にあります。

ここは社会人生活で培ったコミュ力を駆使して乗り切ろうと思いましたが、いかんせん話が続かない。緊張もしてるから「お仕事は何をされてるんですか?」とか聞いちゃう。お見合いかよと。聞いたら聞いたで話広げられないし。

もう八方塞がりの状況ですから、静かに食事して、ひたすらビールを飲んでいました。

 

こう割り切ってしまったら後は楽なもので、料理もおいしいし雰囲気も良い。何より皆さん楽しそうだなぁなんて思って聞き役に徹していました。

 

そこに定番のプロフィールムービーが流れてきました。

その内容がまた凄かった。

 

先輩はずっとサッカーをされていて高校ではキャプテンだった。

大学でフットサル部を立ち上げて、今も活動は継続している。友人達との夏のキャンプは定番で、中学の同窓会の幹事になって100人集めたりと人望も厚い。交友関係も広くて、今日の二次会でも80人近い参加者がいたりと、多くの方に慕われているのがはっきり分かった。

 

これがリア充かと。あいかわらずかっこいい人やなーって。

私なんか卒業以来ろくに会ってないような人間を呼んでくれる事がすでに社交性の高さを示しているようなものですが、改めてそう思えた。

 

 

で、そこで思いました。

これちょっと前だったら耐え切れなかったやろなって。

 

私は、このリア充って単語が嫌いだ。ネットで使われだした頃はまだ柔軟だった様な気がするけど、最近のリアルの射程範囲ってとても狭くなってきていて嫌いだ。

 

ただリア充って単語が出来たからには線引きされる。あっち側とこっち側に分けられる。勝ち組、負け組と表現でもそう。勝手に勝ち負け決めるなよと思います。

人の数だけリアルがあって、それらはそれぞれ輝いてるはずなのに、すごい狭い範囲のリアルだけを示されて、あっちが輝いててこっちは暗いねとか言われたくないよ、と思う。

 

今日の幸せそうな先輩の姿を見て、先輩はあっち側だなとか自覚してしまった日には、こっち側にいる自分は惨めになるだけじゃないですか。そんなのは耐え切れないし、そんな事を考えたくもない。

 

ただ今日何も思わなかったって事は、何かが吹っ切れたか、自分の中での幸せが見えてきたのか、要するに自分が分かってきたんだなとは思った。色んな生き方があるって事も分かってきた。そこは家族が出来たのも大きくて、家族を守るのに精一杯だからリア充だろうとなかろうとどうでも良いよって思ってるところもある。家族を養うお父さんが自分探しとかしてる場合じゃない。自分なんて探しても見つかる訳がない。

 

今日来られてた方はみな中小企業から上場企業に勤めるサラリーマンから、自営で頑張る方もいる。それぞれ色んな人生があるけれど、皆それぞれのリアルで一生懸命這うように生きている。色んなリアルがある。幸せも色々あって良いのだ。

 

自分が良いと思ったなら良いのだ。人にどう思われようが関係ない。

そのためにも強くなければならないと思った。

 

とか考えた会でした。遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございました。